打楽器奏者の目から見た今日の音楽と音楽教育 —— 連載第45回
•最終回「フライブルクからのメッセージ」
このたび6月4日から8日まで、ドイ ツのフライブルク音楽大学の副学長でも あり、作曲、打楽器を担当している Bern hard Wülff 教授に招かれ、同大学の打楽 器の学生対象に4回にわたり特別セミナ ーをもちました。氏に私を招いた理由を 尋ねたところ「非常に単純なことです。 一昨年訪日した時、学生と共に芸大に寄 り貴方と音楽について話したこと、そし て貴方のレッスンを見て非常に興味をも ったからです」と答えてくれました。わ ずか30分ほどの実に短かい時間であった のですが、本質を見抜く洞察力のある人 物であることがわかりました。
このセミナーの前、5月27日から6月 2日までシュトゥットガルト音楽大学で 「世界マリンバ・コンテスト」なるものが 行なわれたので、その状況を知っておこ うと、30日から2次以後を聴衆の1人と して聴きました。応募者は53人で、うち 24人が日本人というのが異様でもありま した。日本では確かにマリンバを弾く人 口は多いかもしれないが、音楽的という 点ではまだ疑問が残る、とてもむずかし
い楽器だと思いました。やはり多くは打 ち捨て”リズム感で響きへの感性は違う ようです。バッハの『無伴奏チェロ組曲』 から舞曲が課されていましたが、わずかな人が音楽リズムを表現し得ただけで、 ほとんどが理解していないありさまでし た。表現の自由といっても、作品に流れ るリズムの本質は無視してはいけないと 思います。
最終選に4人が残りましたが、 応募者にある混乱を与えたようです。小生は2人だけ聴いたのですが、さらに最 終結果はある問題を提示したのです。ど のコンクールでもこのようなことが続く かぎり、音楽とはほど遠いところに押し やられてしまい、皆が淋しい思いをする ことになってしまいます。それには Up 盛覚がぜひとも必要だとつくづく考えさ せられました。この結果についても氏は 見抜いており、コンクールは若い人を間 違った道に進める恐しいものでもありま す。またコンクール入賞といってもどこ まで信頼できるかわからないありさまに なってくるでしょう。審査員と主催者の 責任は大きいのです。
さてセミナーは9人の生徒を対象にし て行ないました。想像していた通りでテ クニックにこだわっているようでした。 すべて椅子にかけて奏するので、その feeling と息遣いを示してやったところ、 うなずき納得し、すべて立って奏するこ とにしました。私が息の遣い方、体全体 の円運動の感覚等を伝えて行く中で、彼らは初めての体験ながら、実にしなやか に反応してくれました。Challenge する 姿にはとても好感がもてました。しかし 首と腰の固いのにはびっくりしました。 2日目になるとようやく“意”を理解し はじめたようで、今までにない体験をし、 体が実に自由になってくる、しかも気分 がいいと言い、ある学生は「いままでの 常識がこわされ、頭の中が混乱している ので今すぐにはできないが、整理すれば いいだろう」と言っておりました。
口三 味線を全員に課したのですが、ふだんや っていないのではじめはできないにもか かわらず積極的にやるため、体がほぐれ るように口と手が連動していくプロセス を見ていて私自身が驚いてしまうほどの 変化がありました。さらに、まず第1打 へのアプローチの息遣いを徹底してやり ました。これはむずかしかったようです。 しかし up への感覚は非常に新鮮だった らしく、ブラームスの交響曲第1番の冒 頭を手で奏させたところ、今までとは全 然違い、フィーリングは最高だと、目を 輝やかしていました。3日目はかなり激 しいディスコ調の動きになり、彼らはこ なしてくれて円運動との関係も次第につ ながってきたようでした。大汗をかき気 分も爽快になり、シンバルではどうなるかというので、私がいくつかのデモンス トレーションをしました。Sound 感に驚 いていました。むずかしいことは言わず 遊び感覚をできるだけ取り入れて説明、 実演したので、皆が笑いながら試みてい ました。しかし真剣にやるので日本では 体験できない反応を示してくれ、はるば るここに来た甲斐がありました。最終回 はビート感をつける方法をマリンバを使 って指導、やや頭を使うこともあり、彼 らにとってもおもしろかったようです。
このセミナーの間に現代音楽コンサー トを2回聴いたのですが、聴衆は50人前 後ですが演奏者のすばらしいこと、とに かく本気でやっているそのエネルギーは 日本では味わえないものでした。さらに 学生による作品とベテランの作品を並べ たコンサートでは、学生のすさまじいエ ネルギーにただ驚くばかりで、半端でな い姿に生き返った感じでした。車で40分 のバーゼルにも足を伸ばし、ストラヴィ ンスキー、バルトーク、オネゲル、ミョ ー等の作曲家の自筆譜やその時代の絵画 をみて、さらにオペラ『リゴレット』の 新演出――東ドイツ出身の女性演出家に よる一にびっくり(日本では上演禁止 もの)。今に生きる舞台を創る生命力を与 えられました。
(完)
(1997.7)