パーカッションのルネサンス 25

パーカッションのルネサンス
打楽器奏者の目から見た今日の音楽と音楽教育 —— 連載第25回
• クルツ氏、マタチッチ氏に学んだこと

有賀誠門(打楽器奏者)

 「上の発想」なるリズム感と運動を私に気づかせてくれた一つの導入を紹介いたします。オーケストラに入団してまもない頃、エフレム・クルツという指揮者が来日しました。私はティンパニを受持ち、ベートーヴェンの『エグモント序曲』の練習の時です。あなたのティンパニは違うと言うのです。楽譜に書いてあることを演奏しているのに・・・。まわりの先輩諸氏に何が違うのか聞いてみるのですが「有賀君、気にしなくていいよ」とか言うだけで、誰も違いを教えてくれない。即ち、誰も違いがわからなかったのです。そこで私は、スコアとパート譜を持って指揮者室を訪ねました。氏は「よく来た」と私を歓迎してくれ、スコアを見ながら、すべて口三味線で歌ってくれ、すべての音の意味、役割をこと細かく教えて下さいました。それまでスコアをそのように読むなんて習ってもいなかったし、知りもしなかったのです。作品の構成、旋律の読み方、各楽器の役割、テンポの設定等々、作品が絵のような立体響であり、深層をえぐるような心象風景でもあり、これは文字にできない。体で体感するしかありませんでした。演奏者のイメージとリズム感でかくも作品が変わってしまうものなのか。あまりの違いにびっくりしました。ショスタコーヴィチの交響曲第5番は印象深い解釈でした。

 第1楽章

と軍隊的なリズムのあと、金管群によるコラールではふつうかなりうるさく吹きならすのですが、氏はシャボン玉が様々な色をして空中に浮いているようにと、響きをつぶさない感覚とリズムに「のる」ことを教えてくれました。fffが実に軽く、明るくなりespressivoが自由につけられるのです。第1楽章の終わり、ピッコロ、フルート、ヴァイオリン・ソロの高い音域での淋しげな旋律、チェレスタの部分では、ロシアの雪降る夕暮、外套の襟を立て静かに、一人の人間が立ち去る風景であるとか・・・。

 第2楽章の冒頭(譜例1)、チェロ、バスのSoliのところは、地にしっかりと根を張った草を「エイッ!」と引き抜く感覚で演奏するように、ティンパニ・ソロは踊っているようにとか。

 第4楽章後半、ティンパニ・ソロ(譜例2)がはじまるところでは、君はどのように演奏するつもりだ、と尋ねられ、当時バーンスタインとニューヨーク・フィルの録音が出まわっており、2/2の感覚で演奏していたので、そのように演奏するつもりだと答えたら、氏はスコアをよく見なさい、「♩ = 100~108」と書いてあるから、この通りに演奏してくれと言われました。そのようにしますと何ともいえぬ緊張感が持続するのです。3/4の最後6小節の金管群のコード進行、4/4二長調の1小節前の響きは恍惚の境地です(譜例3)。二長調が何にも増して輝きをもってきます。

 チャイコフスキーの交響曲第6番を演奏している時、第3楽章を演奏し終えた瞬間、自家製スティックが折れて指揮者とヴィオラのトップの間に飛んでいったこともありました。もちろんクルツ氏のサインをもらいました。

 君はアメリカに行き、ニューヨーク・フィルのティンパニストSaul Goodmanに師事しなさい、とまでアドヴァイスしてくれました。結局はボストン響のV. Firthに師事し、アメリカのオーケストラのサウンド感を体にしみつかせて帰国してみると、日本のオーケストラのサウンドはあまりにひ弱でした。リズム感もしっかりしていなかったのです。海の向こうでのことをすると多くの人の反感を買ってしまったのです。しかし、どんなことがあっても心の中にローソクの火は絶やさないようにしようと決心しました。そんな時、マタチッチの指揮でワグナー特集を演奏しました。『神々のたそがれ』より「葬送の音楽」の冒頭ティンパニ・ソロ、13小節目のE音をチェロ、ベースとつなぐために記譜されているものより1オクターヴ下げて奏したのです(譜例4)。マエストロが”Wunderbar !”とつぶやいたのです。一斉に弦の方々が私の方を向いたのです。この時、そうだ!私はまちがっていなかったんだと、マエストロに認めてもらえたことに対して何ともいえぬ喜びを感じました。天の助けとでも言ってよいでしょう。この返礼に日本の小鼓を先生に贈り、大変に喜ばれたのもよき思い出です。ストラヴィンスキーの「火の鳥」の冒頭、大太鼓がppでロールをするのですが、氏はもっと皮をゆるめてドロドロにしたsoundを出させ、泥のようなところで黒鳥がうごめいている、その黒鳥が火の鳥に変身していくのだと説明があった時、ppだけにとらわれず、そのsoundの現象のイメージをどのようにとらえるかということを知りました。音楽をドラマとして読むことを教えてくれました。ロヴロ・フォン・マタチッチ先生は、私にとってかけがえのない人の一人です。

 

 

(1994.11)