パーカッションのルネサンス 26

パーカッションのルネサンス
打楽器奏者の目から見た今日の音楽と音楽教育 —— 連載第26回
• 上の発想 「呼吸」

有賀誠門(打楽器奏者)

 「上」とはある基準から「~より上に」あることだと思います。ある基準「~より」は0の位置を決めることです。

 その基準が必要なものには、表裏、明暗、伸縮、上下、光陰、陰陽等があげられます。息を吐く、吸うも同じです。呼吸とは、吸うを呼ぶと書きます。

 太鼓は丸い枠に皮を張ったものです。それを胴に取りつける、そして打つ、音が出る。その「打つ」行為が、どのような原理で行なわれるかが非常に大切なのです。

 「打つ」鼓面の下の空気は下に吐き出されますが、すぐ元に戻ります(図1)。私たちが、息を吐き切った状態は、どのような時でしょうか? 想像してみてください。酸素をできるだけ、肺内に保持しておくことで、生きている状態を保持できます。できるだけ、吐く量を少なくすることです。

 息を吐き切ったあと、今度は吸う行為が行なわれるわけですが、この吸う行為の寸前が、武道、とくに剣道では最も大切な「間合い」なのです。

 できるだけ「吐き」を少なくする呼吸法を試みましょう。立った状態で顔を上に向け、ハー(吐く)ハー(吸)、ハー(吐く)ハー(吸)、と繰り返してみてください。吸いを呼ぶ「吐き」、”ハッ”をすること。吐く行為の”ハーッ”とは違います。馴れるまでちょっと練習が必要かと思います。

 これを水の中に入り、水面の上に顔を出し試みてください。酸素が肺に入っているので、手足を動かさないでも浮いていることができます。吐き切った状態になると体は水の中に沈んでいきます。

 さて、この呼吸と同じ動作にどのようなものがあるか、考えだしてみましょう。現象の共通項をみつけると非常に物事が単純に整理できます。私たちの日常の行動、行為に「吐いた」状態でやっていることが非常に多いのです。「弾く」という行為は少ないのです。

 ピアノを弾く、ハンマーがどのように動くか調べてみましょう。鍵盤を上から無造作に打ちますが、そうではなく、鍵盤に人差指をつけ、ゆっくり鍵盤を下におろす。ハンマーは弦のちょっと前で静止します。その位置から鍵盤を押すとハンマーが働き、弦に当たり音がします。

 この原理があまりよく知られていないために、鍵盤を下に打ちおろす運動が行なわれ、かなり雑な音が生産されているわけです。ハンマーとピアノの弦の接点を感覚することが何より大切だと思います。その接点を体で感覚し、その接点(表裏)より、響きを上に産み出す感覚が必要であり、大切なのです。

 ハンマーによって弾じかれた響きが、反響板によって、客席に向かってくるわけです。「におい」を嗅ぐ行為は、吸う行為と同じです。響きを聴き出す、かぎ出す、という行為にすると、「吐く」のでなく「吸い出す」ということになります。そこで、前に述べた、肺に酸素を多く保持しておく呼吸法を思い出してください。
ハー(吐く)ハー(吸)、ハー(吐く)ハー(吸)を!ハーッと「吸って」いるのがわかったでしょう。

 「吸う」感覚で「吐く」のです。手のひらに息を吐きかけるのでなく、吸いあげる感覚で吐いてください。全然違う、感覚ができてきます。「大きくひろがる感覚」と多くの方々が表現しています。この方法を訓練してから、ティンパニ等に触れさせると、今までとは全然、変わってしまうのです。音がうるさくないのです。

 殿様の前に出る時に、ハハーッと頭を垂れている姿をみますが、垂れた位謹からハー(吐く)ハー(吸)と頭をあげてくる動作だと思えばいいでしょう。まさにGet upです。

 馬や動物が駆けているリズム感と同じだとわかります。パカッパカッ・・・・・•。Get up, Stand up, 立った状態で手を下から上にアー(属音)アー(主音)と足の裏から気を吸いあげながらの感覚で、ゆっくりあげていき、体全体を伸ばしきるのです。指先まで体全体が響きで一杯になっているようにします(図2)。

 この現象は、植物の生き方と同じだと思います。人間を含め動物はガスを吐き出しますが、植物は、そのガスを吸い、酸素を生成しているわけです。音楽をこのような感覚で生成しますと、自我の強い音楽リズムは消え、奉仕のリズムをもった音楽リズムに変わっていきます。声の質が変わります。

 さて外国語を発音する時、自分の体から声を飛ばすというレッスンが行なわれます。先生が椅子にかけています。その約5メートルほど後方からA、B、C、・・・とアルファベットを発音するのですが、椅子にかけた先生を越えるように声を飛ばすのです(図3)。体の中に飛ばす気圧がないといけないわけです。まさにハー(吐く)ハー(吸)が必要であり、次への行為が用意されるバネが必要なのです。

(1994.12)