パーカッションのルネサンス 29

パーカッションのルネサンス
打楽器奏者の目から見た今日の音楽と音楽教育 —— 連載第29回
• リズム形の定番サラバンド

有賀誠門(打楽器奏者)

 クラシック音楽において定番となっているリズム形があります。それは、

あるいは

です。

 これは「サラバンド」という踊りのリズム形です。バッハをはじめ多くの作曲家の作品にみられます。平凡社の音楽大事典によると、サラバンドという名の舞踏歌の歌詞の詩形がアラブのそれと一致することから、少なくともその歌詞の詩形はアラブ起源とみられます。舞曲としてのサラバンドの名称が記録上に最初に確認されるのは、1539年頃のパナマにおいてです。スペイン国内でこの名が現われるのは1538年、その粗野で奔放な性格ゆえに禁止令においてでした。しかし、1618年にはスペイン宮廷にとり入れられ、17世紀前半にはフランス宮廷で採用されています。メヌエット、ブーレと共に様式化され無踏形式の一つを担っています。

 ベートーヴェンの序曲『エグモント』の冒頭は、余りにも有名です。1、2、3 、の3 拍子ですが、1 と2 のfeeling がとても大切です。2に対する意識をよりはっきりさせることです。前回の『ボレロ』も同じです。通常の1 、2 、3 の感覚でないことに十分注意して下さい。

 「認識は心の機能の一つである。認識主体である心に変化が起これば、それに応じて認識の質や量も変化する」オルダス・ハックスリー(『直観術』p. ゴールドバーグ著、神保圭志訳、工作舎)

 「意識する」ことの重要性を実に見事に表現していると思います。

 さて、チャイコフスキーの交響曲第4番の冒頭のファンファーレは、サラバンドのリズムなのです。しかもリズム遊びでできているのが興味深いところです。

3 倍の速さであることに気がついたでしょう。何とすばらしい知的遊びではありませんか。

とすれば重苦しい感じにはなりません。多くが1 拍に意識をかけ、2 は流してしまう3 拍子の感覚で演奏しています。Andante sostenuto がAdagio のテンポになり、重厚なため、ファンファーレが終わったところで息苦しくなってしまわないBeat 感が、ぜひとも必要なのです。

 冒頭から7小節目、金管群が、

で序奏が終わる。舞曲のリズムであることを十分意識して下さい(譜例1)。

 ②を別に振るくらい意識して下さい。ただし各拍の感じが最も大切です(譜例2)。いずれも②を意識して合図することです。

 作曲者は「♩.=ワルツの運動で」と指示していますが、1小節という単位、9/8を見てみると、サラバンドのリズムが見えてきます。1拍がワルツの「のり」となれば、おのずとUp 感覚になります。しかも、Moderato con anima, e espressivoとなれば「静」でなく「動」となります。

 正に跳躍しようとする、躍動のリズム形です。ffとあっても力みは必要としません。②も意識しますがUp 感覚です。

が優雅に唱えらえれば申し分ありません。旋律が下降形の場合、坐って演奏していますと、どうしても楽器を下の方にもってくる習性が強いのです。そうするとリズム運動はdown 指向になります。よほど注意しないといけません。チャイコフスキーの交響曲第4番を重苦しいイメージから解放したいものです。

 

(1996.3)