よりよく生きるためにドラミングする

有賀 誠門

『Question 1. ご専門の特徴、魅力は?』

 人間の心からの振動‐心からの音「意」‐は、体を通して出る声です。声とともに体を打ちふるわせる最も根源的な楽器が打楽器です。宇宙と人間の仲介を司る象徴として大切な神具でもあります。アフリカでは鼓面を心臓、胴は循環器、締め紐は神経、中に入れてある小さな実、あるいは石ころは魂を象徴していると考えられています。日本では神社に奉納されます。

 打楽器群は、地球上の動物、植物、鉱物すべてを利用してつくられ、不確定な音程を持つものと、確定した音程を持つものとが渾然一体となっています。最低音響から最高音響まで。しかも円形が主体となっています。このことはさまざまな連想をさせます。人間の頭、目、腕、指、足、胴、口、血管は丸い。丸い手で扱うさまざまな仕事の道具類を持つところは丸い。樹木も、種も丸い。卵も丸い。動物も、毛も丸い。車輪も、動力も丸い。地球も、惑星も丸い。春夏秋冬も丸い。水は蒸発し上昇、雨となり下降してくる。血も心臓を介して循環している。時計もまわる。植物は、人間、動物の出すガスを取り入れ酸索を放出している。それによって私たちは生かされています。

 このようにすべてが円運動、回転運動、循環運動しているのです。右手と左足、左手と右足、体の中心で交差しているのが何とも神秘的ではありませんか。打楽器はこのように自然現象へ心をむけてくれます。
 
 「ジャンベ」というアフリカのドラムの音と楽器の感触が好きで打ち鳴らしていますが、これを足にかかえ、手で打っていると「よりよく生きるために」ドラミングしていると思うのです。音楽の基礎は肉体です。自分の体の秩序や、システムを体感することが最も大切なことです。自分の体について無知であってはなりません。なぜなら、それが音楽であろうが何であろうが、すべての行為の基礎であり、本当のものの基礎であると思うからです。体について知らないのは自分のことを知らないと同じで、人のこともわからないと思います。打楽器の魅力は何よりも律動感にあると言えます。律動感はUp感覚です。息づかいが変わり、常に新しいビートを打ち出します。


ジャンベ(イメージ)

『Question2 いま何を研究していますか』

 日常生活の何気ない所作からリズム感の本質を問いはじめ、自分の体を使い、さまざまな現象の共通項をさがし求め、「上の発想、下の発想」というリズム観を構築しました。Up感覚による表現はその人を活かす。楽譜はstereogramであると私は思います。自分の中にある「演奏」「表現」に対する抑えがたい「エネルギーの発散」を具現する行為が演奏される音楽に還元された時、「生き生き」とした呼吸が生まれます。そのためには、自己の内部に発散されるべきエネルギーの根源が生成されていなければなりません。それは日々生きることの感動の積み重ねから生まれます。自己の肉体の解放を実現することによって「真」の演奏が現れます。解放された純粋意識による芸術、「すべて」を超越した音楽という、瞬時の時空間におけるイメージの生成が心を動かします。

 教育の現場で体感したことはイメージによって、音楽はとてつもなく変わり得る。現在、生きていくことの象徴としての体を十分生かしきれていない人に対して、意志決定の重要さ、Up感覚の息づかい、心づかいなどを、音楽を通して伝えています。音楽ストロークに裏打ちされた生活の基本「呼吸」、前に進む根本運動、後方への根本運動、その動きがもたらす心理的、精神的感覚、そしてその意味などに気づかせる。「のり」のある体の伸縮運動こそ、解放された自然体であり、人類共通意識であるということを知ることにより、すべての音楽が横につながるのです。

『Ouestion3. どう学んだらよいですか』

 自分の体の自然に気づくことからはじめましょう。床に大の字になり、すべての重力を地球にあずけます。野口体操の動きの一つ。体に水がいっぱい入っている。皮袋の水を動かすようにゆらゆらと動かしてみる。Relax、Relax……。血が勢いよく流れるためには血管がよくなくてはなりません。骨髄から生成される血が、心臓と呼吸によって全身に循環させられている。

 次に気との交流。人間の体は折り畳み式にできています。床に正座し、上半身をゆっくり気を吐きながら前に倒していきます。両手は前に投げ出し、平伏する型になります。ゼロの状態から気を大地から取り入れつつ、頭を最後にあげるように起き上がります。目は前方を力むことなく、しかし、しっかり見つめます。上半身は気でいっぱいです。膝を支点にしつつ上半身を上げます。膝から上に気が入ります。左足を立てます。左足裏、膝、腰、足指先に十分注意する。左足を支点にして右足を立てる。上半身、下半身を立ててくることにより、両手以外は気でいっぱいです。気が充実したところで「ハッ」と気合とともに両手を振り上げ跳びあがり、肉体は地から離れます。着地は左足を前、右足は後に引き、大地にしっかりと根がはえたように踏ん張ります。両手の気を下げ、一つひとつのプロセスをきちんと元に戻していきます。

 鳥は人間と同じ二本足です。鳥の動きを自分の体に再現してみます。また四つんばいになって歩き回り、吠えてみるなど犬の動きを学習します。さらに日本語を使ってリズム訓練をします。ドコダドコダウエダマエダ……、十二拍子を体中で表現するようにする。up‐down、発着のリズム運動から共通項を見つけ出しつなげる。何よりも気づくこと!いまの時代、日常のすべてをARTとして感じ取ると、実に楽になると思うのです。

 自分自身の体をドラミングしてみましょう。ビートあるドラミングは、あなた自身の血液循環と呼吸を強く活発にしてくれます。swing感ある動きと、あなたの体のすべてをつくすことにより、「より前向きに、強く生きる」ことができます。

(1995年 AERA芸術学 芸術学の25人‐17)

Memo 私の好きな芸術

「動」的なアート

創作ダンス、バレエ、パントマイムなど、「動」的なアートにとても興味をもっています。創り出される形態のプロセスが何とも美しい。その瞬間の動き、音が私の体に刻み込まれる。意識も音楽になり得る。タバコの煙が立ち昇る。それを視る自分の意識も動いている。動くものは響く。動いたように響く。煙とともに動く瞬間が音楽である。瞬問は火花であり、その意識のフィードバックが音楽となる。「意」は人間だけが持ち得るものであり、「気」の中にいるのも人間です。「意」も「気」もみえない。しかし、みえる。そこにこそ人間の創意があり、イマジネーションは人間に残された最後の財産です。自然は人間にいろいろなことを黙って教えてくれる。自然の息づかい、外気と内気の呼吸こそ生きている証であり、呼吸は立派な音楽です。さまざまな営みの中に音楽がある。音楽は人間が考え出した最高の魔法です。